東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)10号 判決 1958年8月28日
原告(脱退) 三浦実生
参加人(民訴法第七十三条、第七十一条による) 斎藤長一
被告 特許庁長官
主文
昭和二十八年抗告審判第一、〇三二号事件について、特許庁が昭和三十二年一月七日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
参加人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告代理人及び参加人は、請求の原因として次のように述べた。
一、参加人は、昭和二十六年四月十八日その発明にかゝる「截断機における送出截断装置」について、同人の出願にかゝる昭和二十六年特許願第五、一一八号「截断機における送給装置」を原発明として、その追加の特許を出願したところ(昭和二十六年特許願第五、六一〇号)、昭和二十八年五月二十九日拒絶査定を受けたので、同年六月二十七日抗告審判を請求した(昭和二十八年抗告審判第一、〇三二号事件)。これより先原告は同年五月二十一日参加人から右発明について特許を受ける権利を承継したので、同年九月十四日特許庁に対し右出願人名義の変更の届出をしたが、特許庁は昭和三十二年一月七日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年一月二十四日原告に送達された。
原告は右審決に対し不服であつたので昭和三十二年二月二十一日当裁判所へこれが取消の訴を提起したが(昭和三十二年行(ナ)第一〇号事件)、同日原告は再び参加人に対し本件発明について特許を受ける権利を譲渡し、特許庁に対し右出願人名義の変更の届出をなし、参加人は訴訟の目的である権利を譲り受けたので、同年五月九日右訴訟について当事者として参加し、原告は被告の承諾を得て訴訟から脱退した。
二、特許庁が前記昭和二十八年抗告審判第一、〇三二号事件についてなした審決の理由の要旨は次のとおりである。
藁切断機において、藁の送りをホイールカツターの回転に従い、間歇的に行いしかも藁の送りを大小歯車の組合せにより増速調節するようにすることは、本出願前から、極めて普通に知られた慣用技術である(その一例として昭和二十四年実用新案出願公告第一一、三六七号公報参照)。本願の発明は、その原発明である特許第二二三、一七六号の截断機における送給装置において、前記の公知慣用技術を併用したものに過ぎず、しかもその併用したところに発明を構成するものは認められず、結局本願は右原発明と同一発明であり、原発明の改良又は拡張にかゝる新規の発明とは認められない。
三、しかしながら審決は、次の理由によつて違法であり、取り消されるべきものである。
(一) 審決は、本件発明が原発明と同一であるとした点において誤を犯している。
審決は先願発明が公報に掲載されて公知となつた場合と混同しているもののようであるが、原発明の出願日は昭和二十六年四月八日であり、これに対し本件出願日は僅かに十日遅れた同月十八日であつて、当時においては、先願の発明は未だ公知ではなく、本件はこれにある事項が加えられたものである。
(二) 審決は、本件出願の発明は先願発明に慣用技術を併用したものであるとしているが、本件出願の発明は、先願発明とその作用効果において、特殊な関連を有するもので、単なる寄集め式の併用ではない。先ず先願発明は、従来藁切機のような廻転截断機においては、截断される材料の送りは、それが切断用刃物の廻転軸と衝突する関係もあり、又単に動物飼料としてのみ使用する目的から、単寸に限られていた。従つて長さ六、七寸に及ぶ堆肥の材料としての藁の截断等の新たな利用には使用不可能であつた。この欠点を除くために廻転軸をクランク状に偏心屈曲して中心を外して、これに廻転刃物を取付け、かつ送りもその廻転と時間的に交互連絡して廻転刃物の通過と入違いに、截断資料を送り、従来のものより長い寸法に截断し得るようにした点をその特長とするものである。これに対し本件出願の発明は、この送りをなすに当り、刃物軸との関係に更に制限を加え、この送りを間歇的かつ成るべく短時間になして、刃物軸の偏心距離を短縮し、或は截断資料の長さを特に長くし得るようにした点において、先願の発明に更に一歩を加えたものである。
審決が周知の慣用技術の一例として挙げたものは、本件両発明のものと違う型すなわち刃物軸を送りの方向と並行して設けた型の截断機であつて、本件発明の上記目的すなわち刃物軸の偏心距離の短縮等には何等関係のないものである。これを単なる公知事実の併用とし、両者を同一発明とした審決は違法である。
四、被告代理人は、本件出願発明において参加人が原特許発明に改良又は拡張を加えたと称する点は、周知の慣用技術に過ぎないと主張しているが、一般に発明といつても、その全部の構成要素が新規なものである必要はない。特許法第一条にいわゆる新規な発明でも、その中には沢山の慣用技術を含んでいる筈である。要はその寄集めが、単なる寄集めでなく、その結果が従来予想も周知もされなかつた新しい着想のもとに、新規な作用効果を生ずるかどうかであつて、附け加えられるそのうちの一つの部分が慣用技術であるかどうかではない。慣用技術というと、あたかもこれを附加することが、すでに周知であるようにもとれるが、実はこの慣用技術というのは、別な方面では或は周知であるかも知れないが、本件のような種類の截断機では全然用いられたことはないのである。ただロールの送り速度を拡大することが新規というのではなく、この思想が、原特許発明と結合して、始めて前述のような新規な作用効果を得るようにしたことが、本件出願発明の目的で、単に前述の思想が他の方面において周知であつても、何等この出願の新規性及び発明性には影響はない。
なお被告代理人は、原特許発明明細書の請求範囲中に「整合規制」とあるのは、その説明中の「往路の送りを適宜増幅して」とあることから、本件出願発明と同一であると主張するが、右の「整合規制」は、送り込み装置の作動と、刃物の回転における位置関係との調整を表わしたものであり、速転伝導機構そのものではない。「整合規制」と「速転伝導機構」とは、そうした作動の連繋と回転位置との関係はあつても、その内容は、目的、構成、作動又は効果のすべてにおいて、本質的に別異のものである。仮りにこれが整合規制の一例に過ぎないとしても、原特許発明中に現実に現われているものではないから、その実施の具体例を追加発明として特許することは少しも差支えなく、ただこの追加考案が発明を構成するかどうかゞ問題なだけであるが、これが発明を構成するものであることは、すでに三において詳述したところである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、「参加人の請求を棄却する。訴訟費用は、原告及び参加人の負担とする。」との判決を求め、原告及び参加人の請求原因事実に対し、次のように述べた。
一、原告及び参加人主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。
二、同三及び四の主張は、これを否認する。
(一) 本件発明は、原特許発明と同一の発明である。発明が同一であるかどうかの審理は、発明内容自体の構成を対象として行われるべきであり、先願発明が公知であるとかまたは未公知であるというような、発明の構成に無関係な事項を考慮すべきではない。従つて審決は、原告が推測するように、先願発明が公報に掲載されて公知となつた場合と混同したものではない。
(二) 審決が慣用技術の一例として昭和二十四年実用新案出願公告第一一、三六七号公報を引用したのは、原告が抗告審判請求書において主張した「ロールの送り速度の拡大についての新規なる思想」が、新規でないことを説明するためである。右引用例においても、明らかに大小二つの歯車によつて藁送転子の送りは増速されており(図示された歯車糸では、約二倍の増速である)、この送り量も、アームとアーバーの接触点またはアーバーのクランクプーリーに対する接続点を移動することにより、藁送転子の回転角が調整されるようになつている。およそ機械において回転部分があるものに、可変クランクと大小の歯車の関係により、その速度を増減するようにすること、すなわち「運動範囲を調節自在にした往復運動をなす伝導機構を設けて、この運動を更に回転運動に転化すると同時に、その運動を適当な増幅速転機構を介して、更に増幅拡大して送出装置に速転して伝導する」ということは、慣用手段であるという一例示のために提示したもので、引用例の藁切機と本件発明との、それぞれの細部の点を比較対照するために提示したものではない。
すなわち本発明が増速装置においては何等の特異な構想が見られず、結局原発明に慣用技術を附記したところの一実施例に過ぎないものであり、従つて本件発明と原発明とは同一発明であり、原発明の改良又は拡張ではないという認定が妥当である。
なお原告は、「刃物軸の偏心距離の短縮に引例が何等関係がない。」と主張するが、本件発明のものも刃物軸の偏心距離の短縮に何等関係がない。すなわち刃物軸の偏心距離とクランク軸半径とは、本件発明実施例においては、全く別個に設計して設置することができるのであるから、両者は無関係である。
(三) 本件発明と原特許発明とが同一の発明である理由を簡略に述べると、原特許発明明細書の請求の範囲には、「廻転軸の廻転位置と資料の送出装置との関連を適当に整合規制して両者を連絡し」とあるが、この「整合規制し」なる表現は、同明細書の発明の詳細なる説明の項において「往路の送りを適宜増幅して………」とあるから、この部分は結局本件発明の要旨中に記載されていて、原特許発明の要旨と一見相違するとみられる「増幅速転伝導機構」と同一内容のものと解釈するのが妥当であり、この観点からみると、原特許発明と本件発明はその要旨全体が均等の内容となり、同一発明とみるべきが妥当であり、発明要旨としても同一、少くとも本件発明のものは、原特許発明の一実施例に過ぎないことゝなる。
第四証拠<省略>
理由
一、原告及び参加人主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第一号証、甲第二号証の一、二、甲第三号証を総合すると、次の事実を認めることができる。
参加人が昭和二十六年四月八日出願し、昭和二十九年五月十日出願公告がなされた特許第二二三、一七六号「截断機における送出截断装置」(以下原特許という。)の要旨は、「資料送出装置の前方に受刃を装着し、これと面接して資料の切断をなすべき廻転刃物を廻転自在に軸架して対設し、廻転刃物及び該廻転軸の中央部の資料送出位置に当る部分を廻転軸より適当に偏位せしめて、一つの中空円を劃いて廻転するように構成し、そして資料送出通路内には資料の送出時廻転刃物の偏位廻転軸部が存在しないように、前記廻転軸の廻転位置と資料の送出装置との関連を適当に整合規制して両者を連結し、送出資料と廻転刃物及び軸とは交錯することなく、互に行き替り、円滑に送出することができるようにし、該資料の先端部は廻転刃物軸の軸心線を自由に通り抜けて送出し、更に該廻転刃物軸の軌跡線を乗り越えて送出させることができるようにし、切断と送出とを交互連続して行うことができるようにした截断機における送出截断装置」であつて、その目的とするところは、従来の普通截断機にあつては、受刃と廻転刃物軸との間の距離だけの送り出し切断がなされたに過ぎなかつたのを、本発明においては、廻転刃物の直径に制限せられることなく、小径にして加速度的に比較的長大の寸法を送り出され、普通のものに比して三倍程度は楽々と送り出される截断機を得るというにあるものである。
次に参加人が昭和二十六年四月十八日右原特許発明の追加特許を出願した本件発明の要旨は、「資料送出装置の前方に受刃を装着し、これと面接して資料の切断をなすべき廻転刃物若しくは廻転圧接体を廻転自在に軸架して対設し、該廻転軸の中央軸部の資料送出位置に当る部分を廻転軸心より適当に偏位せしめて構成し、そして資料の送出時に資料送出位置内には廻転刃物の偏位廻転軸部が存在しないように、前記廻転軸の廻転位置と資料の送出装置とを適当に調整して連結するとともに、運動範囲を調節自在ならしめたる往復運動をなす伝導機構を設け、この運動を更に廻転運動に転化すると同時に該運動を適当な増幅速転機構を介して、更に増幅拡大して前記送出装置に速転して伝導し、長大な資料も廻転刃物軸とは交錯することなく、円滑に行き替り、しかも急ピツチに送り出しできるようにし、その資料は廻転刃物の軸心線を自由に通り抜けて送り出され、更に必要に応じ廻転刃物の偏位軸部が送出通路内における固定刃物の対線にいたるまで、資料を回転刃物の円周軌跡線近くまで送り、その後この軌跡線を乗り越えて送出させ、長大な資料の送出装置と長大な資料の受入切断機構とを備えた截断機における送出截断装置」であつて、その目的とするところは、廻転刃物の廻転軸の廻転運動を一旦往復運動に変え、更に円運動に転化して資料送出装置に伝導するにあたり、その運動を増幅することにより、原特許発明においては、廻転刃物をその廻転軸に対し相当距離偏位する必要があつたのに対し、この距離を小さくし、構成及び作動を容易ならしめ、又原特許発明における長大な資料の受入れ切断に対し、長大な資料の送出装置を兼備し、双方の円滑なる調節をはかり、資料を高速に送り長く伸ばして切断し、かつ送出長さの調節自在な截断機を得るというものであつて、発明相互の関係として、本発明は原特許発明と同一の作用を行わせるが、廻転刃物軸を利用して間歇的に廻転せられる送り装置の廻転を増幅速転し、廻転刃物をその廻転軸に対し、特に大なる距離偏心することなく、良好に必要長さを送給調整し、かつ截断せしめるようにしたものであるとしている。
三、以上認定した原特許発明と本件出願の発明とが同一発明であるかどうかを判断するに、前者は、截断機において廻転刃物軸を廻転軸心から偏位させて、資料の送出時にその送出位置に廻転刃物の偏位軸部が存在しないようにし、前記廻転軸の廻転位置と資料の送出装置との間を適当に整合規制して両者を連結し、送出資料と回転刃物及び軸とは交錯することなく互に行き替り、資料の先端は廻転刃物軸の軸心線を通り抜け、更に偏位廻転刃物軸の軌跡線を乗り越えて送出できるようにした送出截断装置であるのに対し、後者は前者の截断機において、連動装置の運動範囲を調節自在ならしめ往復運動をする伝導機構を設け、更にこの運動を廻転運動に転化すると同時に、その運動を適当な増幅速転機構を介して更に増幅拡大して、前記送出装置に速転伝導し、長大な資料も廻転刃物軸とは交錯することなく円滑に行き替り、しかも急ピツチに送出できるようにし、長大な資料の送出装置と長大な資料の受入切断機構とを備えたものである。すなわち本件出願の発明は、原特許発明にかゝる特殊の送出截断装置を有する截断機に、この具体的な連動機構を付加したものであり、その目的としても、廻転刃物軸の偏心距離を小さくしても、截断資料を長大ならしめて、截断機の機能を高め、かつ機構を簡易堅牢ならしめた点で、原特許発明の有していない作用効果を有しているものであるから、畢竟両者は別異の発明といわなければならない。
四、被告代理人は、本件出願の発明は、原特許発明と公知の慣用技術を併用したもので、この併用したところに発明が構成されないから、両者は同一の発明であると主張し、右慣用技術を示す一例として審決が引用する昭和二十四年実用新案出願公告第一一、三六七号公報(その成立に争のない乙第一号証)には、「ホイルカツターの軸に直交せしめて藁の送量に従い、自動的に間隙を変化できるようにした一対の藁送転子を設け、該転子をホイルカツターの回転に従い、間歇的に回動することができるようにした藁切断機において、二個の藁送転子の軸に小歯輪を固着し、これをそれぞれ大歯輪を噛合せしめ、右両大歯輪は相互に噛合せしめ、右両大歯輪は相互に噛合せしめ、一方の大歯輪の軸にラチエツト車を固着し、該ラチエツト車に噛合する送爪を有するアームの一端を軸に関着し、該アームの先端と中途に突子A及びBを設け、右突子の何れかにアーバーの先端を接続するようにし、かつアーバーの他端はカツター軸上の歪歯車に齧合する歪齧車を固着した軸に設けたクランクプーリーに押捻子で装着し、アームとアーバーとの接触点又はアーバーのクランクプーリーに対する接続点を移動することにより、藁送転子の回転角度を変更するようにした構造」が記載されていることを認めることができるが、右公報に記載されたものは、カツター軸を切断すべき藁の通路内に設けない型のものであるから、本件出願の発明は、被告代理人の主張するように、原特許発明と右公報に示された公知の慣用技術との単なる併用に過ぎないものとは認められず、先にも認定したように、原特許発明にかゝる特殊の送出截断装置を有する截断機に、前述の具体的な連動機構を付加し、これによつて廻転刃物軸の偏心距離を小さくしても、截断資料を長大ならしめて、截断機の機能を高め、かつ機構を簡易堅牢ならしめる特殊の作用効果を生ずる本件出願の発明は、この関連において、原特許発明の改良にかゝる新規の発明を構成するものと解するを相当とする。
更に被告代理人は、原特許発明の明細書中特許請求の範囲の項のうちに、「前記廻転軸の廻転位置と資料の送出装置との関連を適当に『整合規制』して」とあるのは、本件出願で追加された部分を指すものであると述べているが、この「整合規制」というのは、行文全体から考察して、刃物軸の偏位廻転部と送り出される資料とが交錯しないで行き替るように両者を連結する趣旨と解するのを相当とするので、右の主張は採用することができない。
五、以上の理由により、本件出願にかゝる発明を原特許発明と同一であるとした審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由があるから、審決を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 内田譲文 原増司 入山実)